「英語を話せるようになるべきか否か」…職業や状況によって人それぞれ。自分で考え、決断し、行動できるようになる事が先決ではないか。
楽天が社内の「公用語」を英語にすると表明して5年が経ちましたよね。
英語の公用語に関しては、賛否両論あります。
ネット上でも、この件に関する見解は結構ありますよね。
◇ひろゆき「無能なバイリンガルは楽天へどうぞ」外資系や一流企業がハマる英語公用化のワナ
英語は必要だと言う方もいれば、他にもっと重要なことがあると説く方もいる。
果たして、どちらの見解が正しいのでしょうか。
私は、
「英語が必要だと思うなら勉強すれば良いし、必要ではないと思うのであれば勉強しなければ良い」
と思います。
単純。
英語が必要かどうかなんて、職業やその人の状況によって大きく変わるものだと思うんです。
楽天の「英語公用語化」というフレーズが強烈過ぎて、どの会社でも英語教育に力を入れているように思えます。
しかし、実際はそんな事も無く、圧倒的少数なのですよね。
上記のリンクにある記事中において、英語教育に関するアンケート調査の結果もありました。
英語学習に関して、会社による支援制度・補助があるかという質問に対し、7割弱がないと回答しています。
また、上場企業を対象とした調査においても、英語教育機会を与えている企業は少ないという見解もあります。
アンケートに答えるような方、または上場企業であってもそうなのですから、企業が主体となって英語教育に力を入れているのは、やはり少数なのでしょう。
そもそも、英語が必要な仕事って、現状そう多くはないと思うのですよね。
英語で商談や取引をするような業務は、非常に限られています。
海外展開をしている企業や、多国籍企業であれば別ですが、中小企業を中心としたほとんどの企業は、それほど英語を使う機会は多くないはずです。
大衆飲食店、ビルの清掃、電車の車掌、消防士、介護士、保育士、国内ビジネスがメインの企業など…。
これらの多くは、英語よりももっと優先的に身につけるべきスキルがあるはずです。
英語が必要になる状況と言うのは、そう多くはありません。
また、ビジネス上で英語を使うのであれば、日常会話レベルでは通用しないわけです。
言葉のニュアンスや背景なども理解している必要があり、簡単な事ではありません。
国際的な会議でも通訳は挟みますし、英語が話せない国際人もたくさんいます。
英語を話せなければビジネスマンとして失格…というのは、考えすぎですよね。
とは言え、英語が話せないよりかは話せた方が良いに決まっています。
将来的に、英語が役に立つ機会も増えるかと思います。
不安なのであれば、勉強しておけば良いのではないでしょうか。
ただ、それよりももっと大事な事がありますよね。
日本語能力だったり、一般的な基礎能力だったり。
英語を話せる人材が、イコール優秀なわけではありません。
海外にいる日本人が、イコール優秀なわけではありません。
英語を話せるようになる事に注力してしまい、基本的な事をおろそかにしてしまうのは得策ではありません。
もっと言えば、「英語を話せるようになるべきか否か」という問いに対し、他人に決定を委ねている時点でダメだと思うのです。
その時点で、負けています。
自分で決断を下さねばならない。
英語を話せるようになるよりも、まずは「自分で考え、決断し、行動する」事ができるようになる…それが優先されるべきなのではないでしょうか。
でなければ、英語を話せるようになっても、大して意味はありません。
情報を収集する事は必要ですが、結論を他人任せにしてはいけない。
自分の人生を、他人に委ねてはいけない。
最終的には、自分で決める。
結局のところ、英語を話せようになるならない以前に、その点を鍛えなくてはいけないのではないでしょうか。
英語を勉強したくないというのであれば、それもまた一つの決断です。
無理に英語を話せるようになる必要はないと思います。
自分の人生ですから、責任は全て自分にあります。
英語を話せなくてもできる仕事は、たくさんあります。
もっとも、必要性を感じていないのに英語を学んでも、習得する事は難しいでしょう。
人間、自分で納得していない事に関しては、モチベーションは上がりにくいものです。
英語を話せるようになることが、人生の全てではありません。
英語に関する情報を収集し、自分の状況等を考慮し、最終的に決めればよいのではないでしょうか。